旅 2001年9月号 No.896

セカンドハンド ヴィークルズ −のりもの、第二の人生−

山梨県の福士川に面したキャンプ場「ターキーズハウス」では、江ノ電の302・352形連接電車がバンガローに生まれ変わり、 子供連れの家族を中心に人気を博している。

この車両は昭和4年製の100形を昭和32年に改造した連接電車で、実に70年もの間、江ノ電の顔として走りつづけた。 かわいらしい江ノ電の車両と共に僕を出迎えてくれたのは、これまたかわいらしい笑顔が魅力の鈴木幸さん。彼女は遊びに 行った湘南で江ノ電を一目見た瞬間、そのかわいらしい姿に惚れ込んでしまったという。

父親が経営するキャンプ場の管理人になった鈴木さんは、大好きな江ノ電をバンガローにしたいと、ダメ元で江ノ電に電話した。 すると、なんとその日の会議で302・352形電車の廃車が決定したばかりで、とんとん拍子に話は進んでいった。 キャンプ場だと引退後もたくさんの人たちにかわいがってもらえるから、という理由で無償譲渡されることになり、 平成9年5月、このキャンプ場に江ノ電はやってきた。

それから4年たった今も、電車は現役当時の美しさを保っている。それはこの電車を囲む人々の愛情のおかげだと、鈴木さんは語る。 「車内広告をそのまま残したいと言ったら、江ノ電の方が一件一件電話して交渉してくれたんです。まだ再利用できるパンタグラフも、 取ったらかわいそうだからと、一つ残しておいてくれたんですよ」こんな話だけでも、この電車が江ノ電社員たちにいかに愛されていたかがわかる。

鈴木さんの「大好きな電車をバンガローにしたい・・・」そんな単純な発想からはじまった老電車の第2の人生は、 ここに来ることが決められていたかのような運命の流れと、この電車を愛した多くの人たちの好意によって、ハッピーエンドを迎えた。

キャンプ場は緑豊かな森の中にある。真夜中、満点の星を眺めようと外に出ると、真っ暗な山に電車の窓明かりだけが浮かび上がっていた。 それはまるで童話のワンシーン。テレビもラジオもないけれど、レトロな車内で過ごすこの「何もない」夜が、何よりも贅沢な時間に思えた。

なかい せいや ・写真家 2001年7月16〜17日取材

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